むぎのゆとり思考🐥

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となりのトトロ 新解釈

 

 

 

 

こんばんはzzz

土曜日は素晴らしいですよねー

 

 

 

土曜日の夜が1番好きです🤤

お散歩でもいこうかしら。

 

 

 

 

 

 

今日は初の試み

 

「新解釈シリーズ」です。

 

 

 

ちょっとあるものに触発されてこういうのにチャレンジしてみようかなと。

 

 

 

幼い頃から色んな映画や物語を妄想で作ってしまう子供でした。

 

 

 

 

センター試験のとき、僕らは「作者の意図」が読めずに苦労したものです。

 

 

そもそも作者の意図通りに物語を読む必要があったのか?

 

それに「作者の意図通り」かどうか誰が判断するのか。

 

 

 

30歳になった今

そういった無意味な「常識」をぶっ壊しまくろうという意気込みです。

 

 

 

 

 

 

 

 

となりのトトロ」の40年後を妄想してみました。

トトロはどうしてもホラー展開になってしまいます🤤

 

有名なのは実は狭山で起こった殺人事件がモデルになってるというものですが

 

 

僕は別の切り口で責めてみました!

 

「もしあれが現実の世界で残っている言い伝えだったとしたら、、、

実際にはこういう事があったんじゃないか。」と宮崎駿の意図を完全無視で考えてみました。

 

 

 

 

 

 

40年後のメイちゃんの手記になります。

 

 文章の所々に「遊び」を入れてみたので色々推測してみてください♪

 

 

 

 

(怖がりな人は見なくていいです笑)

 

 

 

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「となりの森の記憶」

 

 

 

40年ほど前、私と姉が経験したこと。

 

母は病弱で私達が幼い頃に亡くなり、

父も数年前に病院のベッドで安らかに眠った。

 

男で一つで私達姉妹を育ててくれた父には感謝してもしきれない。

 

 

 

記憶もかなり薄れてしまったが、私達は幼い頃特別な体験をしていた。

 

 

 

病弱な母の療養のため私達家族は田舎に引っ越さなければならなかった。

 

引っ越し先の家は古くてボロかったが、幼い私達にとってそれは逆に刺激的だったと思う。

 

 

 

「トトロ」

 

 

 

私達姉妹がそこで出会ったものである。

 

父や母には大きな猫のお化けだと伝えていたが、それは事実とは異なった。

 

親を困惑させないために姉と話し合った結果だった。

 

 

 

父は考古学の学者であった。

理解してもらえるわけがなかった。

しかし、御伽話は好きでよく私達に言い聞かせたものだ。

だからあえて「猫のお化け」と伝えていた。

 

父はそれほど否定はせず、話を聞いてくれていた。

子供の言うことだと思っていたのだと思う。

 

 

 

 

 

トトロは人間の男であった。

 

 

 

昔、母に読み聞かせてもらった「3匹のやぎのがらがらどん」という絵本がある。

 

 

その絵本にはトロルという大きな化け物が出てきて、橋を渡る山羊達を食べようとするのである。

 

絵本のトロルは輪郭がはっきりせず、大きく、何だか暗く不気味に描かれており、心にトラウマを植え付けられたものである。

 

幼い私はトロルをトトロと言うことで、少しでもその恐怖を紛らそうとしたものだ。

 

その男を見た時にトロルと同じような印象を受けたので、私達はトトロと呼んでいたのである。

 

 

 

 

 

 

私達が来る前からあの家には住み着いている者達がいた。

 

 

女と子供がいた。

ふとした瞬間、家の中や庭に現れたりするのであった。

 

 

 

それ以外にもあの家には何かが存在した。

 

姉はなぜか「それ以外」の者のことに関してはあまり話そうとはしなかった。

 

私は「それ以外」を見たことがなかった。

 

 

 

それらは父親の目には見えていないようだった。

 

 

 

おばあちゃんは

「子供にしか見ることができず、人が住むといつのまにかいなくなる」と言っていた。

 

 

幼い私達はそれらを恐れることはなかった。

追いかけっこをしたり、かくれんぼをして遊んでいた記憶もある。

 

 

そこに住み着いていた「女」と「子供」とはよく追いかけっこをした。

 

いつも決まって彼らはとなりの森の中へ逃げていくので、私達も走って追いかけた。

 

 

 

 

そして最後はいつも森の中心にある大きな木の下で彼らを見失った。

姉と何度も追いかけたが、結局捕まえることはできなかった。

 

 

 

 

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ある日森のバス停に父を迎えに行った時、「トトロ」を見かけたことがあった。

 

彼を乗せるバスはいつもやってこなかった。

一体何を待っているのか聞いても憂鬱そうに俯き、答えが返ってきたことはなかった。

 

なんだかあの場所から遠い離れたところに行きたそうな雰囲気がした。

 

 

 

「トトロ」にとってこの家は居心地のいい場所ではないのかもしれないと思うようになった。

 

 

 

もちろんあの家の中でトトロを見かける日もあった。

 

その時はいつもトトロと女と子供は3人とも家の中にいた。

 

 

3人揃って家にいる時は、なんだか家が明るくなったような、、

居心地が良かった気がする。

 

 

 

 

それでも「トトロ」を見かけるのはとなりの森の中が多かった。

 

 

森の中をウロウロ彷徨っていたり

呆然と立ち尽くしていたり

木にもたれかかって眠っていたり

 

 

 

 

トトロと女と子供が家族であることは幼い私達にも何となく分かっていた。

 

 

でも今思うと3人が一緒にいることは少なかった気がする。

 

 

 

 

親には話していない出来事がある。

 

 

あの頃、私がとなりの森の中で見たもの。

 

そのことを姉に話すと血相を変えて私の言ったことを否定した。

どれだけ言っても聞く耳を持たなかった。

 

 

 

いつものように「女」と「子供」と追いかけっこをして遊んでいた。

いつもと同じように大きな木の下で彼らを見失った。

 

 

いつもならそこで諦めていたが、その日は諦めなかった。

 

そこにいつものように森の中を彷徨い歩く

「トトロ」が現れた。

私はその後を追ったのだ。

 

 

 

 

そして「その光景」を見た。

 

 

 

 

 

私達は「追いかけっこ」をしていたのではなかった。

 

彼らの記憶の断片をただ繰り返し見ていただけだった。

 

 

森の中に逃げる「女」と「子供」のおぞましい記憶をただひたすら追いかけていただけだったのだ。

 

 

 

 

 

その日私はどうしても母に会いたくなり、

一目散に家を飛び出した。

 

 

幼い私が一人で病院にたどり着けるわけもなく、道に迷った。

日が暮れた頃に、姉が泣きながら私を探しにきた。

 

私は何度も何度も姉に謝った。

が、姉はなぜかそれでも震えて泣いていた。

 

 

 

その日から私達は「トトロ」について口に出さなくなり

母が亡くなってから、また別の場所に引っ越した。

 

 

 

「人が住むといつの間にかいなくなる」というのは

 

彼らがいなくなる訳ではなく、「そこに新しく住み着いた人間がいなくなる」という意味だったのではないかと今では思う。

 

 

あれから同じような経験をすることは二度となかった。

 

特別なものが見えるわけでもなく、

あの場所が特殊だったのだと思う。

 

 

 

 

数年前に父が亡くなった時、姉とその話になったことがある。

ふいに私が迷子になった時の話をし始めた。

 

姉によるといつまでもわたしが家に帰らないので父もおばあちゃんも大変心配していたのだという。

 

 

姉は家の中を探すため2階に上がったのだという。

そこで姉は「それ以外」を見てしまったらしい。

 

 

姉の表現を借りるとそれらは「悪意そのもの」であった。

 

「トトロ」とはまた別の存在だったという。

 

 

トトロとその家族がそこに住む前からあの家にいたのかもしれないが、それは分からない。

 

 

あの日姉が震えていた理由が分かった気がした。

 

 

 

 

 

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それ以上はそのことについて姉と話すのはやめた。

姉もそれ以上は言うつもりはなさそうだった。

今後このことについて話すことはない気がする。