むぎのゆとり思考🐥

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広島原爆投下までの道のり 人生のQOL向上委員会

 

 

 

8月6日

広島に原爆投下

 

8月9日

長崎に原爆投下

 

 

 

広島では10万〜14万人もの人が即死

5年ほどの経過で20万人

 

長崎を含め約30万人の人が亡くなりました。

 

 

今みなさんが暮らしている地区の人間や建物が一瞬にして消え去るのです。

 

数キロ先では皮膚がドロドロに溶け、皮膚が拘縮した人達が何千人も彷徨い歩いていたのです

 

 

とれほどの地獄絵図であったかは原爆ドームでみることができます。

 

 

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皆さんの中ではこういう考えはないでしょうか🐥?

 

 

「日本は神風特攻隊とかするヤバい国で、なかなか降参しないから原爆投下されたんだ」

 

「不意打ちでパールハーバーを攻撃しアメリカを怒らせてしまい原爆が落とされた」

 

 

上級医が医局でこのようなことをドヤ顔で語っておりました🐥

 

たしかに小学校で習う歴史ではこういう印象が植え付けられます。

 

 

 

今では日本側とアメリカ側の過去の資料がある程度時系列ごとに出揃っており

 

事実が明白となっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ側の主張

 

「日本はポツダム宣言を受け入れなかった。原爆を落とさなければ日本は戦争を続け、より多くの命が失われた。原爆によって100万人以上の人間の命が救われた」

 

 

だから原爆投下してよかったというのがアメリカ側の主張です🐥

 

 

アメリカ国民の大半がこれと同じ意見でした。

現代日本人もそうかもしれません。

 

 

しかし先程言ったように、

今ではある程度事実が明白となっております。

 

アメリカの若年世代では「原爆投下は過ちであった」という考えが7割程度占めているようです。

 

 

 

 

 

 

原爆が作られるきっかけ

 

 

きっかけとしてかの有名なアインシュタイン博士も絡んできます。

 

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アインシュタイン博士はユダヤ人でした。

ナチスが権力を振るうドイツから逃れアメリカにいました。

 

 

この頃、ドイツの科学者が「核分裂」を発見します。

 

これを知ったアインシュタインは、ドイツが核分裂を利用した核爆弾を作る可能性を見出したのです。

 

平和主義者のアインシュタインですが、ナチス核兵器を手にしてしまえば世界はとんでもないことになると考えました。

 

それに抗う術は「核兵器の技術開発で抵抗する」でした。

 

 

そしてその旨をルーズベルト大統領に手紙を送ったのです。

 

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そして原爆開発のためのマンハッタン計画が開始されることになりました。

 

 

後にアインシュタインはこの決断を死ぬほど悔やむことになります。

 

ドイツは核兵器の開発を進めていなかったのです。

 

 

アインシュタインは大の親日家でした。

日本に原爆が投下された後、彼はどのような気持ちだったのでしょうか。

 

 

後にアメリカに来た日本の物理学者にアインシュタインは手を握りしめ涙を流しながら謝罪を繰り返しました。

 

 

 

 

開発された原爆がなぜ日本に落とされたのか

 

ドイツに対抗すべく作られた核兵器

なぜ世界で唯一、日本にだけ落とされたのでしょうか。

 

 

実は原爆を投下する前に、すでにアメリカ側は日本を降参させる条件を満たしていました。

 

ソ連の参戦により日本は確実に降参する」という分析がありました。

 

 

アメリカは「樺太と千島列島を譲る」という条件で裏でソ連と手を組み、対日本戦へのソ連の参加を約束することに成功します。

 

 

これが2月です。

 

ソ連がドイツとの戦いを終えたのが5月

この時点でヒトラーは自殺し、ドイツは降伏してしまっていたのです。

 

 

つまり原爆を落とす目標(ドイツ)がなくなってしまったのです。

 

 

そこで完成した原爆を落とす標的が日本へと変わりました。

 

 

原爆を落とす2ヶ月前には日本との戦争を終わらせることができたのですよ。

 

 

「日本との戦争を早く終わらせるために原爆を落とした」

 

は矛盾が生じますね。

 

 

逆にアメリカ側は終わらせられる戦争を引き伸ばしていました。

 

 

 

 

 

 

日本を降参させるためにアメリカが考えた案

 

 

日本を降参させるためにアメリカが出した結論がこの4つになります。

(これは原爆投下する前です)

 

①本土決戦

②原爆投下

ソ連の参戦

天皇の地位保護

 

 

①はアメリカ側も何万人も死ぬことになるので却下されました

 

②に関しては、原爆を落としても日本という国は間違いなく降参はしないという結論にこの時点で達していました。

 

③はソ連が参戦すれば間違いなく日本は降参することは明白でした。

 

④の天皇の地位ですが、日本側がどうしても譲れなかった条件なのでこれも降参させるためには有用だと考えられました。

 

 

ここで皆さんの中に疑問が生じるでしょう🤔

 

 

 

 

「一体なぜこの中で原爆投下が選択されたのか」

 

 

決断をしたのはトルーマン大統領です。

 

十何人もいる大統領顧問(陸軍長官、海軍長官、参謀長官、国務長官など)の中で

たった1人(バーンズ国務長官)を除いて全員が原爆投下に反対していたのです。

 

 

つまり他の十何人の意見を退けて、たった1人の意見を大統領は選択してしまったわけです。

 

 

 

7月16日 人類初の核実験「トリニティー

 

トルーマン大統領は、この結果が出た上でポツダム会談に臨みたかったのです。

ポツダム宣言を1か月以上先延ばしにしています。

 

 

理由は世界を制覇した後のソ連への圧力です。

 

核兵器のない終戦核兵器の威力を見せつけた後の終戦では意味が全く違います。

 

 

アメリカはどうしても原爆を使いたかったのです。

 

「原爆を投下するために終戦を遅らせた」というのが事実になります。

 

 

 

 

原爆投下する場所の候補

 

 

長崎、広島、新潟、福岡、京都

 

この5つが候補として選ばれました。

 

 

「あれ?なんで東京はないの?」

 

 

東京はすでに東京大空襲で街がボロボロになっております。

 

この5つの県は「原爆用に保管された県」でした。

 

空襲せずにあえてキレイな状態でおいておいたのです。

 

 

何が言いたいのかというと

アメリカは「原爆の破壊力がいかほどなのか」というデータを欲していました。

 

どれくらいの高さで、どの地形で爆発させるとどれだけの建物が被害を被るのか

 

そのために5つの県は綺麗な状態で保管されていたのです。

 

 

ぎりぎりで京都は候補から外されました(詳細不明)

 

 

実際に出た命令は

「4つの県のどこでもいいから落としてこい」でした。

 

 

広島と福岡(小倉)が選ばれました。

 

しかし当日の福岡の上空は曇り

原爆を落とせないと判断され、急遽長崎に変更となったのです。

 

 

恐ろしい話です🤔

 

新潟に落ちていてもおかしくなかったし

京都にもし落ちていたら祇園金閣寺京都御所などは見る影もなく、今頃ビルが立ち並んでいたことでしょう。

 

 

 

 

ポツダム宣言

 

 

7月26日 ポツダム宣言

 

ポツダム宣言は日本を降伏させるためのものです。

 

7月25日 原爆投下命令が出される

 

 

あれ?

なんでポツダム宣言の前に原爆投下命令が🤔?

 

 

「日本がポツダム宣言を受諾しなかったから原爆を落とした」

 

 

ここも矛盾が生じます。

 

しかもここで突き出した条件ですが、

 

なんと当日の直前に「天皇の地位の確保」が外されていたのです!

 

 

先程の④で日本を降伏させるためには「天皇の地位の確保」が有効だとあれほど研究されていたのにです。

 

日本との戦争を早く終わらせるためには④の条件は必須でした。

 

 

つまり「降伏させない」ためにあえてその条件を外したのです。

(実際の書記の日記に大統領の「日本はこの条件を飲むことはない」という発言が記録されています。)

 

 

降伏されれば日本に原爆を落とせなくなってしまいます。

 

 

 

日本政府は天皇の地位の確保が確約されていない条件を突きつけられ

様子を伺うしかありませんでした。

 

 

これで日本に原爆を落とす条件が整ってしまったのです。

 

 

 

 

実際に落とされた原子爆弾

 

 

・広島原爆

 

ウラン型

リトルボーイ

 

日本語でいう「おちびちゃん」ってところでしょうか。

 

 

・長崎原爆

 

プロトニウム型

「ファットマン」

 

「おデブ」

 

 

こんな恐ろしい兵器によくこんなふざけた名前をつけれますね^^;

 

 

 

「原爆投下により日本は降参し戦争は終わった」

 

これも矛盾しています。

 

 

原爆投下では日本は降参はしないという分析はしっかりされていました。

 

実際に広島に原爆が投下されても日本は降参などしませんでした。(まじか)

 

 

つまり広島に落として降参しないのであれば

長崎に落としても降参しないわけです。

 

 

しかし長崎に原爆が落ちて戦争は終わっています。

 

実は単純に「原爆は2つしか作っていなかった」だけだったんです。

 

 

ウラン型とプロトニウム型

この2種類の威力の差を実験したかっただけなんですね。

 

なので日本の降参とか関係なく最初から2つ落とす気だったのです。

 

 

原爆が2つ落ちた後

戦争しないと約束していたはずのソ連軍が日本に攻め込みました。

 

 

 

結局戦争を終わらせたのは原爆でもなくソ連の参戦でもありませんでした。

 

 

日本の降伏を決定させたのは

やはり天皇の地位の保証」でした。

 

 

 

 

 

 

アメリカの罪

 

実はどれだけ過去を遡っても世界でこれほど残虐な出来事は存在しません。

 

 

僕らの記憶に新しいのは「世界同時多発テロ」です。

 

約3000人の命が失われました。

 

当時は相当なショックを受けました。

テロはなんて残虐で無責任なんだと、、

 

 

アメリカの原爆はその比ではありません。

30万人ですよ、、、

 

 

アメリカが原爆で狙ったのは軍人ではなく、

民間人なのです。

 

 

女子供が大勢いると分かっている市街地のど真ん中に核兵器を落としたのです。

 

アメリカ兵を守るためでもなく、戦争に勝つためでもなく、人体実験のためにです。

 

 

 

こんなことを認めてしまっては

「自由な国アメリカ」の地位が危ぶまれてしまいます。

 

 

なのでアメリカが大々と謝罪するということは、今自分達が戦っているテロリスト以上の惨劇を自分の国が引き起こしたと認めることになります。

 

 

 

 

開発に携わった博士が被爆者と対談する動画です。

 

被爆者に謝罪を求められますが断固拒否します。

謝罪をしてしまえばとんでもないことになると知っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達は実際にその時代に生きていたわけではないので、その時代の人々の代弁者にはなれません。

 

 

でも歴史を振り返って

なぜ過ちは犯されたのか、なぜたくさんの人の命が失われたのか

 

今後同じようなことが起きないためにはどうすればいいのかを考えることは重要だと考えます🐥

 

 

ではではzzz